無の探求

ひねくれすぎて社会に馴染めなかったぼっちフリーランス(Webライター)の根暗ブログです。記事テーマはゲーム、ライター関連、ネットの話題など色々。2017年7月18日ブログ開設。

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まさかのYouTuberデビューになった2018年を振り返る

どうも、NathVieです。

平成最後の今年も終わりに近づき、世間では仕事納めや忘年会も一段落したところだろうか。俗世から逸脱した人生を送る私にとってもこの時期はやはり感慨深いもので、柄にもなくおセンチな気分になりがち。時には過去のコイバナや今後の人生について語ったり、サークル深夜勢は私のそんなレアな姿も度々目撃したことだろう。

 

このブログの読者さんはご存知のとおり、私はもともとYoutuberなどではなくただの底辺フリーライター。なりたての頃はクラウドソーシングという魔境でクソ案件クソ報酬を食らいつくし、何の実績にもならない無名の仕事をこなす毎日。怒り、悲しみ、そんな感情が日々薄れていく虚無感に加え一般社会から逸脱していく自分に未来などない。このまま孤独に死んでいくのだろうなと20代前半にして悟った時期もあった。

そんな中2018年初頭に待ちに待ったMHWが発売され、初代モンハンからずっとプレイしている自分は歓喜の渦に。感情を取り戻し始めたのもこの時期だった。β版の時にあまりにフレームレートがガクガクで目が痛くなった経験から、金もないのにPS4proを楽天カードのリボ払いで購入するという暴挙を犯した自分。収入が不透明なせいでカード上限が10万しかないのに5万の買い物をカード払いした自分。傍から見てなんて愚かだったことか。いやむしろ自分でも愚かな行いだったとは思う。

しかしこれは後のYoutuberデビューにおける重要な初期投資となった。なにせ通常PS4でのシェア機能は画質が劣化しており、Youtube投稿するにあたってあまりに低品質。無名の投稿者がそんなものを出しても見向きもされなかったことだろう。まあもともと動画投稿する気など微塵もなかったわけだが、それは私が小遣い稼ぎで運営していた当ブログ「無の探求」が発端になった。

MHWコンテンツを扱う前はライター関連やDMMブラウザゲーなどをまとめた記事しかなかったが、マッハで本編をクリアした後に装備紹介記事を多数執筆したところこれが大ヒット。当時はスキルシミュのような便利なものが一切なく、攻略サイトを検索しても空記事で検索汚染する企業サイトばかりがヒットする惨状だった。つまりここのような個人ブログがMHWにおいて一強状態になっていたのである。

それまでは月に5万PV程度だったにも拘らずMHWコンテンツを量産した2月は150万PVという急成長を遂げ、一気に界隈では有名ブログに。流石に現在は需要低下で月10万PV程度に落ち込んだものの、ここで固定のファンを獲得できたことは後のYoutuberデビューの礎として非常に大きかったと思う。

記念すべき初動画は「トレーニング部屋で柱を数回斬るだけ」という動画(動画整理したので現在は非公開)だった。当時の動画スタンスは「ブログ記事の補助のため」であり、決して動画が主体ではなかった。しかし予想に反して伸びまくったことで調子に乗った私はいつしか動画ネタを探すようになり、次第にブログの方が動画のおまけになっていった。初投稿から3週間ほどで登録者1000人の壁(収益化条件の一つ)をあっさり超えることができたのは確実にブログパワーのおかげであり、動画投稿だけでここまで急成長することはできなかったはず。ちなみにこれはかなり特殊な例らしく、決してYoutubeがチョロいというわけではない。それは他の新参MHW配信者を見ればよくわかるとは思う。

 

しかし初投稿からの4か月間は「収益化審査が一向に進まない」というYoutube上の問題で実質タダ働きを強いられてしまった。なぜそんなことになったのかと言えば、その少し前に海外のとある超有名Youtuberが「日本の樹海で配信中に自殺した遺体を発見してゲラゲラ笑う」というやらかしをしてしまったせいである。それまでも迷惑Youtuberの問題は散々指摘されてきたが、これが決め手となり全世界で大炎上。規約変更に伴い収益化の条件もそれまでの「累計での再生時間が1万回を超える」というザルから大きく改正され、「過去 12 か月間の総再生時間が4,000時間以上+登録者が1,000 人以上」にグレードアップされた。

と言っても私はその条件を3週間ほどで両方クリアしたわけだ。「ヤバイなYoutubeちょろいわ」なんて当時は思ったが実際そんなことはない。その後4か月間ずっとツイッターで「Youtube 審査」で検索していたが、誰一人通過報告をしていなかった。一部の超大型新人は例外的に優先審査されていたらしいが、99.9%は全く審査など行われていなかったのである。

そんな状況をあざ笑うかのようにチャンネルはどんどん成長していき、5月末には5000人を突破。うちの代名詞になった「極限特化シリーズ」を始めたのもこのあたりで、登録者が一気に増え始めたのもこの後である。

そして5000人突破からわずか1か月で10000人を突破。この規模で収益化審査が終わってないの新人は自分くらいではないかと流石にイライラしてきたのをよく覚えている。Youtube運営からたまに送られてくる審査状況を告げるメールも結局は「審査始めます詐欺」であり、2月の時は「3月には終わらせます」という割と期待できる文面だったのだが、3月になると「4月には始められるよう頑張る」となぜか開き直った。そして4月になると「今頑張ってます」と時期を明言しなくなり、もはや何の信憑性もないただの煽りと化した。当時のYoutube界隈は荒れに荒れており、ツイッター上でもしばしば運営の怠慢を嘆く声が散見された。

次第に私の愚痴も直球になっていき、金目当てでYoutubeを続けていることを全く隠さなくなった。まあ広告貼ってるYoutuberはみんなそうだと思うが、大半のリスナー層を占めるであろうキッズ達の筋違いな批判を恐れてかそれを公言する人はほぼいない。私はそういうのが面倒なので最初から建前も糞もない本音でしか語っていないわけである。

そして初投稿から約半年、嘆き続けて4か月。ついに収益化審査が通った。それまでの損失は計り知れないが、ついに努力が報われたことで思わず絶叫脱糞してしまった。本当の意味でのYoutuberデビューはこの日だと言っても過言ではない。

そして収益化してすぐにキャプチャーボードやマイクなどを購入。流石に収益なし状態で設備投資する気にはなれなかったため、買うとしたら審査が終わってからだと決めていた。シェア録画の残念画質を卒業したのもこの日から。

 一気に小金持ちになった私は格安SIMで愛用していた中古iPhone5Sを3万円のHUAWEI Mate10 liteに乗り換え。後にファーウェイの副社長が逮捕された挙句に世界中でファーウェイ製品の締め出しが行われるなんて予想できるはずもなく、当時はデカい画面と性能にご満悦だったのをよく覚えている。男にしては手が小さめな自分にとってこういった大型端末はやや扱いづらいという事実を受け入れるには少々時間がかかったがそれはまた別の話。

 

チャンネル規模が大きくなるにつれて面倒事も増え、その後は色々なことがあった。Youtubeというコミュニティの民度の低さを痛感したのもこの時期であり、およそ常識では計り知れないレベルの思考回路を持った人間の存在も目立ち始めた。コラボの催促も増えていったが私は元々その類に関心がなく、いわゆる一匹狼タイプの人間。それは常々公言したいたが、やはりそんなことお構いなしで失礼な輩は後を絶たなかった。

そんな中で某有名配信者からのお誘いを受けたが、これが双方の誤解を生み拗れに拗れて後に炎上することとなった。人間関係というのは本当に難しい。一般社会から逸脱したはみ出し者の自分にとっては尚更である。これまでの人生でケンカしたことは数知れない一方で、和解したことはほぼない。仲直りの方法なんて知らない、知りたくもない。学生時代に重度の吃音をこじらせて散々な目に遭ってきた私は基本的に人間を信用していない寂しい奴だった。

そんな自分にファンがついている事実を受け入れることもなかなか出来ず、それに関しては未だにもどかしい気持ちになる。なにせ私は決して褒められたり慕われたりするような人間ではなかった。本質的にはタチの悪い陰キャそのものであり、人間的な温かい感情には飢えていた寂しい奴である。愛すことも愛されることもない、そんな人生だった。

 

私が生き方を変える決心をしたのは4年ほど前にとあるネトゲで知り合った女性だった。当時の私は仕事を辞めて完全にやさぐれており、現実逃避でネトゲにのめり込む典型的なクズ人間。彼女に対しては女性とも知らずに失礼なことを言いまくり、顔を合わせればとにかく口喧嘩の絶えない日々。思い返せばよくチームから追い出されなかったなとホントに思う。彼女の言うことは基本的に正しかったが、それを受け入れるには現実と向き合う必要があった。当時の私にはそれが出来ず、だからこそ彼女の存在が「気に入らない」と思えて毎度反論していた。しかし現実から逃げているだけの私が勝ったことなど一度もなかった。

そんな不毛なやり取りを年単位で続け、私もさすがに改心し始めた。こんなめんどくさい陰キャの相手をずっとしてくれた彼女には本当に頭が上がらない。その感謝は次第に好意に変わっていき、今では完全にぞっこん状態。私がまじめに働き始めたことを伝えた時、彼女は誰よりも喜んでくれた。その時は「世の中にはこんな人間もいるんだな」と思った。きっと私が気付こうとしなかっただけで本当はもっとたくさん身近にそんな人間がいるのだろう。優しさに飢えると、何もかも信じられなくなる。そしてそれは周囲への無差別な敵意になり、触れるもの全て傷つける。昔の私はそんな感じだった。

 

そして私はサークルを作った。当初の目的は「動画企画で協力してくれる人を確保するため」であり、居心地の良い空間が欲しいとか信者集めてマンセーされたいとかでは断じてない。設立から今までとにかく大変だったが、やっと落ち着き始めた今は最早ホームと化している。もはや企画目的だったことなど忘れて普通にわいわい。柄にもなく普通に楽しんでいる自分がそこにいた。

参加してくれたメンバーにとってもそこが貴重な居場所の一つとなり、私がそんな場所を作れたことに少しばかりの達成感を感じた。例の彼女もそんな場所を作れる人物であり、自然と周囲に人が集まってくるタイプの人間。言ってしまえば私とは正反対の正しい人間だ。しかし、私も今彼女と同じようなことをしている。そんな意図はなかったが、彼女がある種のお手本として私の中に生きている。まだ彼女に対しては何も恩返しできていないと勝手に思っているが、私がこうやって正しく生きようとしてることが最大の恩返しなのかもしれない。彼女がこれが思い上がりだと感じたのであれば、その時は全力でイジめてもらいたい。だってドMだもの。

 

この1年は本当に色々なことがあった。これが平成最後の年になったのも感慨深い。私はこういう性格ゆえ、何かと問題になりやすいかと思いますが何卒今後ともよろしくお願いします。