無の探求

ひねくれすぎて社会に馴染めなかったぼっちフリーランス(Webライター)の根暗ブログです。記事テーマはゲーム、ライター関連、ネットの話題など色々。2017年7月18日ブログ開設。

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「ガキ使」の浜田の黒塗りが黒人差別と言われた根本的な原因は「低俗」だったから?

事の発端はこの記事です。

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正直な話、ガキ使で黒人に扮した浜田が「黒人差別」として問題になってるって聞いた瞬間から「ん?」って感じでした。黒塗りメイクなんてバラエティで数十年前からありましたし、何で今更こんなことで問題になってるのか意味がわからないです。結局これも騒いでいるのも一部だけなのかと思ったら、国際的に拡散されてる始末だからますます理解に苦しみます。今回の記事はこの話題に対する個人的な見解をまとめたものです。

 

  

差別の意図がなくても差別になるのか?

どう見ても浜田の件に差別的な意図はないですし、笑いが起こったのも「浜田雅功」という「そこにいるだけでなんか面白い」とかいう彼の特別なキャラに起因しているだけです。そしてこれは嘲笑ではなく、浜田雅功という人間への親愛から来ているものです。

海外の人を面白おかしくモノマネする芸人はたくさんいます。例えば「ビバリーヒルズ青春白書」で有名な「ディラン・マッケイ」のモノマネをしていたなだぎ武なんかがいい例ですね。

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ただ仮装しただけの浜田エディ・マーフィよりもこちらの方がよっぽど悪意に満ちていると思いますが、白人差別だの本人に失礼だのそういった声は一切聞きませんでした。

別の話だと、白人サッカー選手がよくアジア人選手に対して「つり目ポーズ」を平然とやってますよね。あれはアジア人からしたら非常に差別的に映る行為なわけですが、やってる側はその意図はないと言います。

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差別問題の難しさは「相手が差別されたと感じたか」でしか判断されないことです。特に黒人差別のように歴史的に根深い問題ともなると、「黒人側が過敏すぎる」と責めるわけにもいきません。

しかし、黒人差別の歴史と完全に無関係な日本においてもアメリカと同じ認識で対応されるのは少々フェアじゃない気はします。私たち日本人には「黒人は差別されている」という認識を身近に感じることができませんし、「アメリカでは顔の黒塗りは禁止なんだから日本もやめろ!」と言われてもそれは傲慢なんじゃないかなぁと。

そもそも黒人差別を主導したのは他でもないアメリカですし、そのアメリカが自分たちのルールを他国にまで押し付けていいのでしょうか。それが国際化というものなのでしょうか。今回の騒動を見ていると、かつてインディアンを駆逐し大陸を乗っ取ったように、今度は文化的に日本を侵略しようとしているように感じます。

低俗じゃない黒人のモノマネならOK?

言うまでもないですが、ガキ使のお笑いセンスや企画は誰の目から見ても低俗です。出演者にタイキックをはじめとした暴力を振るったり、落とし穴に落としたり、容姿やクセをネタにした侮蔑的な笑い(ジミー大西とか)要素も多分に含んでいます。そういった低俗さを許容できない層も間違いなくいるでしょうし、今回の黒塗りが問題になったのも「黒人に扮したこと」ではなく「黒人に扮した人を笑う」という低俗さも批判の一因になっていることでしょう。

では、「芸」として確立された黒人のモノマネならどうでしょう。

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これは日本を代表する声優「山寺宏一」の得意とするモノマネのひとつで、「ルイ・アームストロング」 の名曲「この素晴らしき世界」を再現したものです。トランペットの音まで「声だけ」で再現する名人芸は他の追随を許しません。

基本的に「声」の芸なので、外見まで似せる必要があるのかと問われれば、恐らくありません。しかし、ここまで極まった「エンターテインメント」と化していれば「黒人の仮装」をしている点を批判する人は果たしているでしょうか?少なくとも、浜田の黒塗りよりよっぽど有名なこの芸に対して「黒人差別」という声は聞いたことがありません。

日本にいる黒人はこの件に文句を言うべきではない

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現代の日本には黒人を差別する風習も文化もありません。それは黒人が日本で生活していれば絶対に気付けるはずです。つまり、日本にいるのなら差別に対して敏感になる必要なんてないんですよ。歩いているだけで刺されたり銃で撃たれたりすることもありません。

そもそも、わざわざ外国から日本に来て定住までしておきながら、アメリカでの歴史事情を引っさげて「差別するな」と声高に叫ぶのは傲慢ではないでしょうか。「郷に入っては郷に従え」という言葉があるように、住む国として日本をあえて選んだのなら日本のルールに従うべきです。こういった主張は度がすぎれば、逆に差別意識を助長させかねません。

黒人の悲惨な歴史は調べれば誰でもわかりますが、その歴史に甘えて「自分たちは特権階級なんだ」と勘違いしてはいけません。真に平等に扱われたいのなら、まず自分を特別扱いしないことが大事なのではないでしょうか。現に、今回の件で多くの日本人が「黒人はめんどくさい」と思ったことでしょう。

歴史は歴史ですし、忘れろとは言いません。しかし、関係のない人間にまで同情票を求め続ければ「誰も関わりたくない存在」になる可能性が高いのではないでしょうか。

ベッキーへのタイキックまでやり玉に挙がる

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浜田の件で話題になってから数日後、こんな記事まで出始めました。

主な内容は以下のとおりです。

  • 女性への暴力を笑い物にしたのが許せない
  • 「お笑いにムキになるな」では済まない
  • 不倫したベッキーへの私刑(禊“ みそぎ”)という口実は通用しない
  • ワイドナショーでコメンテーターもしている松本は関わるべきではない

記事のシェア数を見るとかなり反響があったように思えますが、私はむしろこの記事を書いたジャーナリストこそ笑いものになるべきだと思います。

このジャーナリストは声高に「女性への非暴力」を訴えていますが、男性に対して行われる暴力については何一つ言及していません。ちなみにベッキー自身は禊の意味合いもありましたし、本人もそれについて「非常にありがたい」と後日感謝の意を表しています。ですが、田中をはじめとした他のメンバーは禊でもなんでもなく、毎回意味もなく蹴られていますよね。そっちの方がよっぽど理不尽だとは思わないんでしょうか。

「バラエティだからというのは正当化する理由にならない」と言っておきながら、毎回蹴られている男性陣を完全にないがしろにしているダブスタっぷりは完全にお笑いです。そもそもベッキーがそれを望んでいたのですから、完全に部外者なこのジャーナリストが「憲法違反」だの「醜悪」だのと文句をつける方がよっぽど醜悪ではないでしょうか。

ここまで来ると、彼女のようなジャーナリストはただの男性差別主義者とも言えます。恐らく女性を守りたいのではなく男性を糾弾したいだけなのでしょう。こういった活動は男女間の溝を深めるだけであり、痴漢冤罪に端を発する女尊男卑を助長しているだけです。こういった人権活動家もどきの人種は、「女性だから」「男性だから」といちいち枠にはめる方がよっぽど差別的であると気付いていないのです。

他人事だが他人事にしてくれない国際社会

今回の件で、「国際化」というのは「アメリカに合わせる」ことなんだと強く感じました。黒人差別という負の歴史はアメリカの罪のはずなのに、国際化という建前で世界中が黒人に対して「過保護」にならないといけなくなっています。

こうしてみると、差別問題の皮を被った国家主導の「日本イジメ」にも見えてきます。白人によるアジア人差別も割と深刻だというのに、そっちはほとんど話題になりませんしね。やはり差別問題の中心にいるのは結局“ 白人様”なんでしょうか。こういったムーブメントは社会全体をどんどん閉鎖的で息苦しくするので、なんでもかんでも「みんなで解決しよう」という動きにするのはやめてほしいと思う今日この頃でした。